Infinity 第三部 Waiting All Night127 最終回

雪と椿 小説 Waiting All Night

 冬と言ってもまだ雪は降らないだろうと言い合っていたのに、その朝は一段と寒くなって雪が降った。
 朝、侍女達は部屋の中から蔀を押し出すのに、手を置いた時にその冷たさで外の様子を察することができた。一度手を離して、口元に手の平を広げて、自分の息を吹きかけた。そして、蔀を上げて外を見ると雪はまんべんなく降り積もっていて辺りを真っ白にしていた。
 澪が簀子縁をできるだけ早く進もうと足を出すが、かじかんで早く歩けない。そんな難儀をしながら、礼の部屋の炭櫃に炭を足しに入って行った。
「寒くないですか?」
 礼は脇息にもたれて、薬草の本を読んでいた。
「いいえ、部屋の中は温かいわ」
「もういつ生まれてもいいのですからね。無理はなさらずに」
 と釘を刺した。
 礼は返事の代わりに苦笑いをして、再び書物の上に視線を落とした。
すると、庭から子供達の声が聞こえた。今年初めての雪に実津瀬と蓮が嬉しくなって早速外に飛び出して遊んでいるようだ。
 子供達の楽しそうな声を聞きながら書物を読み進めていると、子供達の声が止まり、別の声が入ってきた。これは考えなくても、誰だかわかった。実言が宮廷から帰ってきたのだ。
 よく聞こえないが、子供達と実言が何やら話をしている。
「礼ー」
 そうしたら、簀子縁から実言が呼んでいる。
 何事かしらと礼は大きなお腹を抱えて立ち上がった。
 澪が心配して、後ろを付き添ってくれる。
 実言が妻戸から庇の間へと入ってきた。開いた妻戸から外の真っ白な景色がきらめいて目を差した。それと同時に、冷たい外気が入って来て礼の頬を撫でた。
「ああ、冷たいだろう」
 実言はすぐに妻戸を閉めて礼の前に立った。
「実津瀬と蓮が庭で雪を丸めて遊んでいたよ。元気なものだね。……ほら、これを見て、雪を被った山茶花だよ。鮮やかな赤が真っ白の中に咲いているのを実津瀬がお母さまに見せてあげたいと言うので、受け取ってきたよ」
 と言って手のひらに載せた花を見せた。
「まあ、とってもきれい」
 礼は実言の手から手折られた花を受け取った。枝を持ったら一晩耐えた寒さが指を伝ってきた。
「冷たいだろう」
 と言って、実言は上から手を重ねて礼の手を握り二人で子供達が手折った山茶花を持った。
 いきなり再び妻戸が外から開いて、冷たい風が入ってきた。実言と礼はすぐに妻戸の方に視線を向けた。
「これ、お二人とも!」
 すぐに澪がたしなめる声を上げた。
 実津瀬と蓮が外から戻ってきて両親の部屋に入ってきたのだった。二人はぶしつけであることを気にせずに、実津瀬は片方の手で礼の裳を握って、もう一方の手を差し出した。
「お母さま、この赤い実もきれい」
 山橘の赤い実をつけた枝を持って来てくれたのだ。
 隣で蓮も目を輝かせて礼を見ている。
 出産間近で外に出ない礼に外の景色を持って来てくれる二人の気持ちが嬉しかった。二人に弟か妹が生まれると告げた時の姿は今もすぐに脳裏に浮かび、忘れられない。二人は右手を上げて、手を繋ぎ、右回りにくるくると回ると、次は左周りに回る。まるで、何か喜びの舞を舞っているようで、礼は見ていてうれしくなったのだ。
 礼は山橘の実を受け取って、二人の顔を見つめた。そして、目を細めた喜びの表情のまま隣に立つ夫を見た。
 実言も目尻を下げて楽しそうに笑っている。
 礼は、この幸せの時に浸った。夫と二人の子供達に囲まれて、平和に過ごす毎日は、何事にも代えられない喜びである。
 この幸せは礼の中で無限に広がっていく。誰にも邪魔されることなく、この都の大地を埋め尽くしていくような夢想をしてしまうほどに、その喜びは縦横無尽に限りなく。
 礼はうっとりと実言を見上げて笑い返した。
 すると、礼は内側からぽんっとお腹を蹴られた。
「まあ!」
 と、礼は驚き、声を上げた。お腹の子に押されるように、実言に向かって倒れ込み、実言はすぐに両手を広げて礼を抱きとめた。
 礼のお腹の中の子が私もいるわ、と訴えているようだ。
 実津瀬も蓮も驚いた顔を向けたが、実言と礼が抱き合っているのを見て笑った。
「礼、大丈夫かい?」
 実言の優しい声が頭の上から聞こえた。それは、無限の幸せの源泉である。
「ええ、平気よ」
 礼は実言の胸に顔を伏せて目を閉じた。
 無限の喜びが広がっていくのをより深く感じるために。

 Infinity                             完

コメント