New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第七章13

小説 STAY(STAY DOLD)

蓮と伊緒理の逢引きはひっそりと行われた。
ほぼ五日ごとに典薬寮に出仕している蓮に、鋳流巳と曜が交代で付き添いをした。そして、曜が付き添う日は、異国の人々が滞在する邸、江盧館(こうろかん)の部屋で伊緒理と会った。
 出仕する日はどの日も、江盧館で伊緒理と会いたいと思うが、鋳流巳が付き添う時はやはり江盧館には行けないと思った。
 曜には江盧館で伊緒理と会っていることを隠していないが、二人きりで何をしているのかを話したことはない。しかし、何をしているか気づいていると思う。曜も、鋳流巳もだが、結婚する前の蓮が伊緒理のことを想っていたことは知っているから、再び独り身になった蓮が、こうして初恋の人と再会したら、再び想うことは容易に想像しているだろう。それでも、伊緒理と体を重ねた後に鋳流巳と顔を合わせるのは気まずい。
 江盧館のその部屋に二度目に入ったら、几帳と円座があるのは前と変わらないが、前回にはなかった畳と衾が置かれていた。
 誰が指示したのか、置いたのかわからないが、ここで何をするのか知られてしまっているようで、蓮は赤面した。
 伊緒理と衾にくるまって過ごす時間は今の蓮には何にも代え難い大切な時間だった。母の診療所の手伝い、典薬寮への出仕、そして伊緒理との時間。これが、束蕗原を去って、都に戻ってきた蓮の支えになっていた。
会えば思いに任せて痴情に狂うだけでなく、蓮はその日あった治療について、どの薬草を使うのがいいのか伊緒理と意見を交わして、それだけで時間が経ってしまって別れることもあった。愛する男であると共に、母、去に次ぐ尊敬できる師と呼ぶべき男だった。
 江盧館での逢瀬が始まった時期はまだ肌寒く、いつ誰が入ってくるか分からないと思って、伊緒理が敷いてくれた綿の入った上着の上に寝ても、下着はつけたままだった。しかし、桜が咲き、日に日に温かくなっていくと、この部屋で過ごすことにも慣れて、下着を外して伊緒理の腕に抱かれた。
 その日も裸になって横になった。
「蓮」
 伊緒理が蓮を後ろから抱いて首筋に唇を押し付けていた時に、不意に蓮の名を呼んだ。
 蓮が声で返事する代わりに身じろぎして、後ろの伊緒理に振り向こうとしたら、伊緒理が再び蓮の首の後ろに唇を押し当てて、体にまわした腕に力を込めたので、蓮は後ろを向けなくなったので声を出した。
「はい」
「あなたがここに来ない日は、どんな生活をしているの?」
「……薬草作りやお母さまの診療所の手伝いをしています。他には去様やお母さまに頼まれた写本をしています。間に甥っ子の遊び相手をするのが息抜きです」
「そうか。あなたは、やはり忙しい人だね……それでも、もし、自由に外出できるのであれば、私の邸に来て欲しいと思っているのだが」
「えっ!」
「嫌かい?」
「嫌なんてことないわ。嬉しいのよ」
 蓮はたまらず体を起こして、伊緒理を振り向いた。
「ここでは何かと落ち着かない。ここ以外にあなたとゆっくり会える場所を作りたいと思っていたのだ……そこで、そんなに頻繁にとはいかないが私の邸で会えないかと思って。邸には私と数人の者たちだけだ。しかし、あなたに負担をかけるかも知れないと思うと躊躇していたのだ」
「あなたの今の住まいはどこなの?」
「わたしの祖母が住んでいた椎葉家の別邸だ。留学する前、あなたも訪ねてくれていた。私が陶国から帰って来た時に、父から譲り受けたのだ」
 蓮は写本を届けに行ったあの別邸を思い出した。
「私が五条のお邸を訪ねるのは難しい。だから、できるなら私の邸に来てもらいたいのだ」
「行くわ」
 蓮は即座に返事をした。
「その……薬草の本も沢山あるから、本を見ながら教えることもできる」
伊緒理が取ってつけたようなもうひとつの理由を言った。
「ええ、そうね。写した本も容易に渡せるわ」
 去、母の礼、伊緒理に写した本を渡すのが蓮の仕事になっていた。しかし、典薬寮での伊緒理との接触は最小限にしていたから、典薬寮の役人に知られずに写本を渡すことも一苦労だった。
「確かに、写本を受け取るのも大変だ。……蓮の手磧は本当に美しいからね。去様の所で渡された本も手磧見たらあなたが書いたとわかる」
 そう言って、伊緒理は蓮の右肩に口づけて、体に回していた手の平で覆っている乳房に力を込めた。
「次の出仕の日に私たちの都合のよい日を話し合おう」
 蓮の首筋に唇を当てて伊緒理は言って、蓮の首筋に吸った跡を残した。
 それからすぐに蓮が伊緒理の住まいである七条椎葉家別邸に行く日が来た。
 椎葉家別邸には伊緒理が留学する前に何度も行ったことのある場所だ。あれから五年近く経ったが、その場所へ行く道はしっかりと覚えていた。
 出掛けるというと、鋳流巳が付き添いに名乗りを上げたが、蓮は曜を指名した。
「近くだから大丈夫よ」
 蓮は鋳流巳に言って、曜を従えて五条の邸を出た。
 近くと嘘を言ったのは、やはり男の鋳流巳に付き添われるのにためらいがあった。訪ねた先に伊緒理がいたらなんだか気まずい気がして退けたのだ。
「曜、鋳流巳にはああ言ったけど、今日は七条まで行くの」
「椎葉様の別邸ですね」
 曜がすぐに言った。
「分かっていたのね」
「勿論です。蓮様のことは分かっていますよ」
「そう。歩かせてしまうけど、付き添ってちょうだい」
「はい」
 曜の明るい返事で歩き始め、蓮は曜と共に七条の椎葉家別邸へと辿り着いた。
 門の前で訪を告げると、高海が出てきた。
「ようこそ。伊緒理さまがお待ちです」
 蓮は高海に連れられて伊緒理の部屋へと向かった。
 簀子縁に出て待つ伊緒理は寛いだ衣服に、髪を垂らしていて、いつも見ている姿とは違っていた。
「ようこそ」
 伊緒理は笑顔で蓮を部屋の中に迎え入れた。 
「懐かしいわ。こうして書いた写本を胸の中に入れてこのお邸に来たものだった」
「そうだね。何度か届けてくれた。今も庭には池があり、四阿がある。今日は天気がいいから今から四阿に行ってみようか。よい眺めだよ」
 蓮は頷いた。
 蓮と伊緒理は庭に出て、肩を並べて池の周りを歩いた。
「とても美しい庭ね」
「いやいや、五条のお邸はもっと立派な庭があるだろう」
「庭にいい悪いもありません。ここの景色は良いわ。四阿から見る景色が好きよ」
 二人は池の中の飛び石を渡って四阿に行き、向かい合って小さな椅子に腰掛けた。
 途中で、巻物を持った高海が飛び石を渡って来た。
「陶国から帰る時に沢山の書物を持って帰った。中には去様にお貸ししたものもある。去様から蓮が写してくれたことを聞いたよ」
 と言って、伊緒理は膝の上に巻物を広げて、二人で覗き込んだ。
「そうね、これは束蕗原で写した記憶があるわ」
「去様もこの本はよく読まれていた。身体を温める薬、咳に効く薬と色々と身近な症状に効く薬草が記されている。見たことのない薬草は陶国から種を持って帰ったのだ。種は典薬寮の薬草園、この邸の薬草園、そして去様の薬草園で育てられている。もしかしたら、去様から礼様に種が渡っているかも知れないから、五条の薬草園にもあるかも知れないな」
「どれですか?」
「これだよ」
 伊緒理は高海が持ってきた籠の中から乾燥した葉を取り出して、蓮に渡した。
「これをいただいてもいいですか?」
「勿論だ。五条になければ種子を分けよう」
 しばらく薬草の話をしてから、伊緒理の部屋に戻った。
 伊緒理は躊躇うことなく奥の部屋に蓮を連れて行った。几帳の中に入ると整えられた褥が見えた。その上に上がって向かい合って座ると、伊緒理から蓮を引き寄せて抱いた。
 蓮は薬草の匂いのする伊緒理の胸の中で思った。
 束蕗原での最後の逢瀬の日、伊緒理と別れる時に都でも褥の上で抱き合えたらどんなにいいだろうか、と思っていたがそれがこうして叶った。会いたい時に会えるわけではないが、こうして五日ごとに伊緒理の顔を見られて、その間に江盧館やこの邸で濃密に気持ちを通わせることができるのだから望外の幸せだ。
 自分の邸ということもあって、伊緒理の蓮の体を愛しむ行為はこれまでより激しくなった。蓮はたまらずため息を漏らす。
「苦しいかい?」
 伊緒理が訊ねた。
「いいえ」
 蓮は即座に答えた。
 伊緒理は蓮の長い髪の上から背中に唇を押し当てた。そして、髪をかき分けて蓮の白い肌を露わにし、そこに吸い寄せられるように再び唇を押し当てた。
「……あっ…」
 蓮が再び小さな声を上げた。
「蓮……すまない、私が我慢できていないようだ。あなたの体が柔らかくて、温かくてずっと触っていたくなる」
「恥ずかしいわ……」
「どうして?こんなに美しくて愛しい体はないよ。自分の体よりも大切に思う」
 伊緒理の言葉とその後の愛撫に蓮は身震いした。
 嬉しい……。
 伊緒理は知っているのかしら……私が一度は他の男の妻になったことを。
 知らないわけはないわね……。去様からまたはお母さまから聞いているわよね。
 その男の記憶を焼き切って消滅させるほどに伊緒理との性交の前の愛撫、そして一つになった時の狂おしいほどの歓喜、果てた後抱き合って余韻に浸る時間。愛おしく、全てを捧げたくなる。 
 蓮は伊緒理との愛の時間を心から喜び、初恋の人への愛を強くするのだった。

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