景之亮の登場で、扉の前の男たちは扉を開ける者と、景之亮に応戦する者に別れた。景之亮は鍔を合わせた男を近くの幹に押し付けて、扉を開けようとしている者たちの様子を横目で見た。二人の男が扉に肩をぶつけ合って突破しようとしている。たわむ扉だが、まだ簡単に開くようには見えなかった。まだ、時間はあると、景之亮は目の前の男たちに集中した。景之亮の矢を足に受けた男は立ち上がることができず、座ったまま剣を持って景之亮を近づいてくるのを狙っている。腕に矢を受けた者は、剣の動きは鈍いが景之亮に隙があれば加勢して剣を振るおうと狙っている。そして、景之亮の目の前の無傷の男はなかなか腕のいい剣士である。
できるだけ早くこの三人にけりをつけ、扉の前の男たちに向かえればよいが。
景之亮の剣先が目の前の相手の袖を突き、相手の剣も景之亮の袖を突いた。避けるのもうまい。いきなり、景之亮は男に背中を見せて走ると、足を怪我した男に近づき剣を振り上げ、胸を肩から腹に向かって斜めに切りつけた。血が噴き出したが、それには目をくれず、景之亮は振り返り追いかけてきた残りの男二人と対峙した。
景之亮は怪我していない手で剣を振り上げた男に体を向け、剣を払い上げて手に持っていた剣を跳ね飛ばした。武器を失い丸腰になった男は気後れして後ずさるところを、一歩踏み込んで、胴を横一文字に切った。傷を負った男はその場に崩れ落ちた。
そして、無傷の男が後ろから景之亮の背中に向かって剣を振り下ろしてきたところを振り返って自分の剣先を左手で持ち、横にして落ちてくる剣を受け止めた。少しの間、お互いの力が拮抗したが、景之亮が剣先を離して剣を上げると、男は後ろに飛びすさった。二人とも言葉は発せず、激しい動きに肩で息をしながら間合いを詰めた。
腕のいい男は、簡単に負傷しないものだな。
景之亮は心の中で相手を褒めたが、本心は、自分の方が腕が立ち、最後には倒すということだ。
景之亮は相手の男が前に出て来るところを、剣先で受けてすかさず突く。男はすんでのところでかわすが、腕や腹の衣服を剣先が削いでいく。しかし、景之亮もその認めた腕が景之亮の袖や腹の衣服を捉えて突いてくる。
回数を重ねると、互いの衣服を刻むだけでなく、その剣先は内側の肉へと達した。
こんなことをして遊んでいるわけにはいかない。倉の扉の前では、二人の男がもう扉を破る寸前である。
景之亮はわざと隙を作り、そこに男の剣を呼び込んだ。男が振り上げた剣が落ちてくるところを、景之亮は受けて大きくはね上げた。そこからの動きが景之亮の凄さで、素早い動きで男の胴を払った。その剣は衣服を裂き、その中の肉を切った。
男はそのまま後ろに倒れて、傷の痛みに唸った。
景之亮は哀れみを向けたわけではないが、その呻きを終わらせるために倒れた男の腹をまたぎ、非情に剣を胸に突き刺した。男は言葉にならない叫びとともに血を吐いた。
景之亮はその所業を顧みることなく、倉の扉へと体を転じた。
男たちが何度も体をぶつけた扉はもうぐらぐらと揺れて、破られる寸前である。男たちは声を掛け合い少しの助走をつけて二人同時にその肩を扉にぶつけた。すると、扉は大きな音を立てて扉ごと外れた。
内側から実津瀬が重ねた箱が外れた扉を支えるかっこうになり、侵入を阻んだ。男たちはその上を登って、倉の中に入ろうとするところ、後ろから襟を掴まれて扉の上から引きずり降ろされた。
男たちは首だけ後ろを振り向いた。それまで自分達の盾になって戦っていた男たちの相手であった。大きな男の影が自分達の体を引きずり降ろそうとしている。
景之亮は倉の中に入ろうとしている男たちを何とか捕まえることができたと、内心安堵した。
階下から大きな音とともに風が通った。
実津瀬は扉が破られたのだと、悟り、雪に向けていた意識は一旦階下に向いた。
扉の前には積み上げた箱があるから、すぐには入って来られないだろうと思うが、見つかるのも時間の問題である。
実津瀬は箱と箱の間に置いていた体を、雪を抱いてもっと奥へと移動させた。
「実…実……」
「ん?……雪、辛抱しておくれ」
「……実津瀬……さま……」
雪は実津瀬の胸に手を置いて名前を呼んだ。
「雪……」
「わ…わたし……あなたに……会えて…うれし…あなたと……相思になれた……」
雪は声を振り絞るように言葉をつないだ。
実津瀬はその様子を見て、背筋が凍りついた。雪の命が消えようとしてるのが感じとれた。
「雪!雪!ダメだ!ダメだ!」
実津瀬は隠れているというのに、大きな声で呼んだ。
「実津……瀬…さま…」
雪は口を開けた。笑ったように見えた。
「行くな!行くな!行ってはだめだ!雪!」
黄泉の国へと旅立とうとしている雪を引き止めるために実津瀬は声を絞り出した。
半分開けていた眼から生命の光が消えていく。実津瀬はその光を見つめて雪の名を何度も呼んだ。
「ああ、雪…私を置いて、私の手の届かないところへ行くな……あなたがいない毎日なんて……私は耐えられない……私だって…」
実津瀬は雪に語り掛け、体をきつく抱いた。
「雪!雪!」
雪の頬に自分の頬を擦りつけて雪の名を呼んだ。
雪の頭は実津瀬の頬に押されるがまま、実津瀬の腕から落ちた。
「……雪……」
実津瀬は雪の胸に顔を伏せて泣いた。
最愛の女人をこんな目に会わせたのは他の誰でもない自分……。最愛と言ったが、そこまでの思いなら自分にできることはたくさんあったはずなのに、何もしなかった。うわべの言葉を使ってお互いの気持ちを高揚させ女の体を貪り楽しんだだけと言われても仕方ない。
ああ、こうして自分が女を殺してしまった。
実津瀬は雪の頭を抱き直し、顔を自分に向けて頬ずりした。
愛しい、愛しい……雪……
景之亮は二人の男を外れた扉から引きはがしたが、二人を同時に相手することはできなかった。腰の剣を鞘から抜いた男はもう一人の男を背に庇って景之亮と対峙した。男の背中の向こうにいるもう一人の男は倉の中に入ろうと壊れた扉に向かった。それを見ると、景之亮は自分から仕掛け、相手が出した剣を受け、体を入れ替えると跳ね上げ、手を伸ばして扉をよじ登ろうとしている男の足首を取って引っ張った。
いきなり足を取られて男は態勢を崩し、上りかけていた扉を下まで落ちた。すぐに、後ろで剣を振る音に察知して、景之亮は振り返った。上から振り下ろされた剣を受けて、押し返す。その間に、倉の中に入ろうとする男は再び扉をよじ登る。今度は逆に景之亮が押し戻されて扉の前まで来ると、そのまま扉を登る男の上に背中からのった。体の大きな景之亮が背中から落ちてきたようなもので、扉を登る男は下敷きになった。
景之亮を相手にしている男は、景之亮を倒さなければ、今夜の目的―岩城実津瀬を殺すーはできないと考えた。だから、扉を登るのを邪魔されていると分かっていても、景之亮を攻めなければならなかった。
景之亮は鍔を合わせたまま起き上がると、じりじりと押し返していった。二人とも汗を滴らせて、剣を押しつけ合ったがどちらにも傾かない力はやがて剣を押し上げて男は後ろに飛び離れた。肩で息をする二人だが、景之亮は対峙していた男が離れたところで、剣を横に突き出し逆手に持ち替えて、そのまま自分の尻に向かって振り下ろした。そこには、景之亮の下敷きになっていた男が扉の上に伸びたままでいる。男は予想もしてなかった攻撃にかわす間もなく、脇腹に剣を喰らい、叫んだ。
景之亮は剣を引き抜くと、腰を上げて再び先ほど鍔を合わせていた男に向かい合った。
これでやっと一対一の対決ができる。
と、景之亮は思ったが、相手の男にとってはこの展開を一番望んでいなかった。男は顔色を蒼くして、剣を構えっている。
「今夜のことは諦めろ。……立ち去るなら追わない」
景之亮はいつもより低い声で噛んで含めるように言った。
男は一瞬の逡巡の表情から、景之亮に視線を当てると背中を見せて走って逃げた。
景之亮は男の背中が闇に消えていくのを見届けて、血濡れた剣を一振りして鞘に戻した。
一人でこの任務を実行する、というのは重いようにも思ったが引き受けた以上はその任務を完遂させなくていけない。
今、それを成し遂げた、と思えた。
景之亮は人知れず、安堵の溜息をついたところで、背後の暗闇から声が掛かった。
「見事。さすがだ」
現れたのは岩城実言だ。
景之亮はこの場に実言がいることに驚いた。敵のいる場に居合わせるのは危険だからだ。それを推し量っても最後は息子を助けるために今夜この場に来たのだかろうか。
目を凝らすと、実言の護衛の男たちが、景之亮が倒した男たち一人一人が絶命しているか確認している姿が見えた。
「実言様……」
「息子はこの中にいるのだろう……」
実言の問いに景之亮は頷いた。
「景之亮、ご苦労だった。今日のところは予定通りに。後日、遣いを出す」
景之亮は深く頭を下げた。
実言は護衛の男が片付けた扉の隙間から倉の中に入った。
景之亮は実言と護衛が倉の中に入って行ったのを見届けると、倉に背を向けた。
もう一つ、自分には追加された任務があることを忘れてはいない。
それが終われば、邸に戻りゆっくりと眠ることができるだろう。
そう思って、一歩踏み出したところで、女人の悲鳴が聞こえた。
ここでの女人の悲鳴は、かの人のものでしかない。
蓮殿!
景之亮は走り出した。
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